フェルメールという名前を聞くと、「真珠の耳飾りの少女」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
私もフェルメールについては有名な絵を描いた人という程度の知識しかありませんでしたが、調べてみると、残っている作品が非常に少ないことや、光の表現に特徴があることがわかりました。
結論からいうと、フェルメールは17世紀のオランダで活躍し、室内の日常風景や人物を静かな光と色彩で描いた画家です。
代表作には《真珠の耳飾りの少女》や《デルフト眺望》などがあり、現在知られている作品は約36点しかありません。
また、《真珠の耳飾りの少女》は特定の人物を描いた一般的な肖像画ではなく、「トローニー」と呼ばれる人物表現の一種と考えられています。
ここから、フェルメールはどんな画家だったのか、なぜ有名なのか、代表作や作品の特徴までわかりやすく見ていきます。
フェルメールはどんな画家?
ヨハネス・フェルメールは、1632年にオランダのデルフトで生まれました。
17世紀のオランダを代表する画家の一人です。
フェルメールの作品で特徴的なのは、大きな歴史上の出来事よりも、室内で手紙を読む女性や楽器を演奏する人など、日常の静かな場面を描いた作品が多いことです。
華やかな戦いや大勢の人物を描くのではなく、限られた空間の中にいる人物を丁寧に描きました。
私はフェルメールの絵を見ると、写真の一瞬を切り取ったような静けさを感じます。
それを生み出している大きな要素が「光」です。
フェルメールの作品の特徴は?
フェルメールを知るうえで特に押さえておきたい特徴は、次の3つです。
- 窓から差し込むような自然な光
- 静かな室内の日常風景
- 青や黄色などを使った美しい色彩
フェルメールの室内画では、画面の左側に窓が配置されている作品が多くあります。
そこから差し込む光が人物や家具、壁などをやわらかく照らしています。
強い陰影で劇的に見せるというより、室内に本当に光が差し込んでいるように感じられるのが特徴です。
なぜ「光の画家」と呼ばれる?
フェルメールについて調べると、「光の画家」という表現を目にすることがあります。
実際、《真珠の耳飾りの少女》でも、少女の顔や唇、耳元の装飾などに光が細かく表現されています。
マウリッツハイス美術館も、フェルメールの特徴として光の表現に注目しています。
顔全体を細かく描き込むのではなく、明るい部分と暗い部分を巧みに組み合わせることで、やわらかな立体感を作り出しています。
そのため絵が静かなのに、人物がそこに存在しているように感じられるのでしょう。
フェルメールの代表作は「真珠の耳飾りの少女」
フェルメールの代表作として最も有名なのが、《真珠の耳飾りの少女》です。
1665年ごろに描かれたとされています。
青と黄色のターバンを巻いた少女が振り返り、こちらを見ているような構図です。
特に印象的なのが、耳元に光る大きな装飾です。
作品タイトルにもなっている「真珠」ですね。
ただし、この絵について一つ注意したい点があります。
「真珠の耳飾りの少女」は誰を描いた?
「この少女は実在した人物なの?」
と気になる人も多いでしょう。
私も最初に知りたかった部分です。
しかし、現在もモデルが誰だったのかはわかっていません。
さらにマウリッツハイス美術館では、この作品を一般的な肖像画ではなく「トローニー」と説明しています。
トローニーとは、特定の人物の顔を忠実に記録することよりも、人物の表情や衣装、キャラクターなどを表現するために描かれた絵です。
つまり、
「実在する有名な少女の肖像画」
と考えるより、
「人物の表情や衣装を題材にした作品」
と理解したほうが近いわけです。
耳飾りは本当に真珠?
さらに興味深いのが、タイトルにもなっている耳飾りです。
マウリッツハイス美術館によると、描かれているものは実物の真珠としては大きすぎる可能性があります。
ガラスなどで作られた模造品だった可能性や、フェルメールが想像して描いた可能性も指摘されています。
絵を見ると立派な真珠が細かく描かれているように感じます。
しかし実際には、明るい光と反射を表現するわずかな筆づかいによって、真珠のように見えるのです。
このあたりにもフェルメールの光の表現の巧みさが現れています。
フェルメールの作品はなぜ少ない?
フェルメールの作品は、現在知られているものが約36点です。
有名な画家としては非常に少なく感じます。
フェルメールは一つの作品を完成させるまでに時間をかけていたと考えられており、大量に作品を制作した画家ではありませんでした。
また、フェルメール自身が43歳ほどで亡くなっていることも、残された作品数が少ない理由の一つと考えられます。
作品が少ないことも、現在フェルメールが特別な存在として注目される理由の一つでしょう。
フェルメールは生前から有名だった?
現在では世界的に有名なフェルメールですが、生前からヨーロッパ全体で知られる大画家だったわけではありません。
主にデルフト周辺で活動していました。
死後、長い間ほかの有名画家ほど高く評価されない時期もありました。
その後、19世紀になって作品が再評価され、現在では17世紀オランダを代表する画家の一人として知られるようになりました。
《真珠の耳飾りの少女》も、現在ほど有名になったのは比較的新しい時代です。
フェルメールは何歳で亡くなった?
フェルメールは1632年に生まれ、1675年に亡くなりました。
43歳ほどの生涯でした。
現在の感覚ではかなり若く感じます。
短い生涯の中で制作された数少ない作品が、350年以上たった現在まで世界中で鑑賞され続けています。
作品数の多さではなく、一枚一枚の絵の独特な光や静けさが、長い間人を引きつけてきたのでしょう。
フェルメールについてまとめ
フェルメールは、17世紀のオランダ・デルフトで活動した画家です。
静かな室内風景や人物を描いた作品が多く、自然な光の表現や色彩の美しさで知られています。
代表作《真珠の耳飾りの少女》は1665年ごろの作品で、一般的な肖像画ではなく「トローニー」と呼ばれる人物表現の一つです。
また、現在知られているフェルメール作品は約36点しかありません。
私が調べてみて特に興味深かったのは、世界的に有名な画家なのに、残された作品がこれほど少ないことでした。
フェルメールの絵を見るときは、人物だけでなく、窓から入る光や壁、衣服、わずかな反射にも注目すると、作品の魅力がさらに見えてきます。


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